映画「シン・ゴジラ」感想:日本人の日本人による日本人のための映画【ネタバレ】

シン・ゴジラ

The Movie DB

映画館で「シン・ゴジラ」を観てきました。絶賛されていたことに穿った見方も持っていたのですが、2016年どころかオールタイムでも大傑作だと思います。映画館では見ないという方もDVD化されたら絶対に見るべき映画です。

私なりの感想と考察を書きたいと思います。

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「個」のヒーローではなく「集団」としてのヒーロー

これはもうネット上で散々出ている意見なので短くしますが、「個」を徹底的に影を潜めさせ、ニッポンという集団をヒーローにしています。役職や名前の字幕が絶対に読み切れないスピードで消えることや、政治家・官僚・自衛隊が縦割り組織の中でそれぞれがニッポンのためにゴジラと戦うことに表れています。

欧米のような個人主義ではなく、日本は集団主義として多くの場合は悲観的・皮肉的に語られますが、ジン・ゴジラではこれを肯定し、日本人を鼓舞する映画になっています。私が特に印象的だったのは、終盤で主人公の長谷川博己がヤシオリ作戦決行のスピーチをする場面です。インデペンデンス・デイを彷彿とさせる場面ながら、インデペンデンス・デイのように盛り上がる訳ではなく、シン・ゴジラでは黙々と仕事に散っていきます。それは日本人らしい美しさでした。

「集団」としての意識はスタッフロールにまで徹底されています。これだけの豪華キャストでありながら、出演者は50音順で並べられ、個の存在がなかったことにされているのです。最後まで感動的でした。

「ニッポン」の社会問題を語る

現代の日本を語る上で絶対に入れなければならないことは、第2次世界大戦での敗戦、それから続く日米関係と日本としての自衛権、そして近年では東日本大震災に代表される自然災害と原発問題です。これらの要素は全て「シン・ゴジラ」に入っています。

第2次世界大戦での敗戦

政府の会議シーンについてエヴァンゲリヲンと重ねる人も多いと思いますが、私は「日本のいちばん長い日」を思い出さずにはいられませんでした。「日本のいちばん長い日」は第2次世界大戦の敗戦を巡る天皇・政府・軍それぞれの正義と愛国心が満ち満ちる岡本喜八監督の大傑作です。シン・ゴジラで重要な(しかし姿を現さず、写真だけの)牧博士が、岡本喜八であることからも、庵野秀明監督をはじめとした映画製作陣が岡本喜八を意識していたことは間違いありません。

日米関係と日本としての自衛権

岡本喜八監督が「日本のいちばん長い日」で日本人は日本国をどう守るのかを描いたように、庵野秀明監督も「シン・ゴジラ」で日本人は日本国をどう守るのかを描きたかったのだと思います。

まず最初にゴジラがやってきたところで、政府としては未知のモノに対応するため後手後手に回って被害を被ってしまいます。「相手は国じゃないんだからこの法律は当てはまらない」といったセリフがあったように思います。シン・ゴジラでは国ではなく自然災害のような対象としてストーリーが進んでいく訳ですが、では逆に相手が国だったらどうなるの?ということも意識せざるを得ません。尖閣諸島や北方領土のような領土問題、核をはじめとした軍拡競争は今も解決していない問題であり、明日にでも、ゴジラではなくどこかの国が日本に上陸してくる可能性は0%ではありません。その時に、日本は、日本人はどうするのでしょうか?

そしてゴジラが手に負えなくなってきたところで、アメリカが出てきます。友好国としてのアメリカと、戦後いつまでもアメリカの属国になっている日本が意識されます。シン・ゴジラでは、国際的に助けてもらう代わりに日本が焼け野原になる道は選ばず、日本人の手でゴジラと対峙します。日本がどう自分で日本を守るのかという問題提起が繰り返されるのです。

東日本大震災に代表される自然災害と原発問題

ゴジラは自然災害や原発のメタファーになっています。ゴジラに破壊された瓦礫の山などの映像に東日本大震災を思い出さない人はいないと思います。私たち日本人はそんなゴジラ的なモノから被害を受けながらも、何度も立ち上がってきた歴史があります。ゴジラに打ち勝つというのはそんな自然災害からの復興、ポジティブな想いが感じられます。

物語の中盤でゴジラは放射能を撒き散らし、ゴジラの動力源は核融合であると判明します。これも皆が想像するのは福島第一原発事故でしょう。私はここだけは少し違和感があります。なぜなら、原発は低コストの電力を供給し、私たちは恩恵を受けていたという事実もあるからです。一方的に事故と被害部分を取り上げてゴジラで象徴してしまうのは、原発のある一面だけに焦点を当てているように思えます。

エンターテイメントと特撮

これまで書いてきたように「シン・ゴジラ」は社会問題を語り、日本人を鼓舞してきましたが、忘れてはならないのは、「シン・ゴジラ」はエンターテイメントであり特撮であるということです。

酷評されている石原さとみは絶対に必要な存在

そのあまりにデフォルメされたアニメ的なキャラクターであるためか、石原さとみが多く批判されています。もちろん、石原さとみが悪い訳ではなく、意図を持ったキャラクターであると私は思います。

シン・ゴジラの前半は、ドキュメンタリーなタッチでポリティカルサスペンスが描かれます。しかし、そのまま進むとどうなるでしょうか?リアルに進めば進むほど、ゴジラを倒せないストーリーしか思い描けません。それではさすがにダメで、最後はゴジラを倒して日本を守るオチに行き着く必要があります。

その方向転換として、デフォルメされたアニメ的キャラクターでもって、エンターテイメントに引き込むのが石原さとみの役割です。

そして古き良き特撮でゴジラを倒す

そして終盤、ゴジラを倒す段になって、古き良き特撮っぽくなります。というより、上で書いたように、特撮としてしか倒せないからというのが正しいと思います。

ゴジラのCGがやたらしょぼいのも、在来線爆弾!に代表されるようなそんな方法でゴジラを倒せるのかよ!という感じも、特撮映画だから最後はゴジラを倒すというオチに行き着くための手段なのです。(それだけでなく、古き良き特撮、初代ゴジラへのリスペクトという面は必ずあると思います。)

最後に

ドキュメンタリーのように始まって現実的な社会問題を突き付けながら、エンターテイメントに方向転換して、最後は古き良き特撮でゴジラを倒す。でも終わりにゴジラの尻尾に取り込まれたような人間を見せて謎かける。ここまで全部詰め込んだからこそシン・ゴジラは大傑作だと思います。

映画館で見てもよし、DVD化されてから見てもよし、とにかく日本人なら見るべき映画です。

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